ラボを捨て、ビーチに出よう

Love-tuneから7ORDERへ:どこにいたって君がアイドルだ

ひとりごと

 ファンは誰もがそれぞれ自分のバックボーンを持って、自分の好みを持って、それぞれのタイミングで同じタレントを好きになる。「好き」ということで同じ気持ちも共有できるけれど、その周辺に関する思いとか、これからどうなって欲しいとか、いやいやそのど真ん中の「好き」であっても千差万別で、ふとしたはずみにその違いとか、あるいは断絶とか見えてしまったりもする。大きな動きがあるとそんな「違い」がクローズアップして見えてしまったりするんだなって改めて思ったデビュー発表だったなあと。

 個人的には今回のデビュー発表はトータルで見て致命的なダメージを負うタレントやファンや周囲の関係者(2012年以降ずっと彼らには少なからぬ量のスポンサードがあったと思う)が少なくなるように色々と考えての常識的なよい落としどころだったかなという気がしていた。私の大好きな子たちがもうその場にいなかったのも私にはポジティブにとらえられるような塩梅になったなと思った。けれども、それでも大きくダメージを負うファンも、違う観点から傷つくファンも少なからずいた。ある意味、致命的なダメージが少なくなるよう配慮された分、小さな不満はたくさん生まれた決定だったのかもしれない。そんな風に、ファンの誰が何を言っても、それでファンの誰かが傷ついてしまう、大きな喜びのその横にそんな気持ちがそこここに見える光景だったなあと、本当に外野から見ていた。

 一方で、私が好きな子たちにそこでデビューして欲しかったから哀しいという声も少なからずあった。でも、私は逆に今回そこにいて、もしデビューできなかったらそれこそあの7人のグループにとっては致命的なダメージだったろうなということを考えていた(もちろんそれまでにこの7人でいられなかった可能性だってある)。少なくともファンの悲しみやショックは(前の事務所にいてもおそらく順調に成長していただろうから更に)、今現在の外野になった過去の夢を惜しむ哀しみとは比べものにならなかったんじゃないかと。きっと周囲の声も相当厳しいものになったかもしれないし、何よりファン同士の気持ちが引き裂かれるのが何より辛いものになっただろうなと思った。それに、前のデビューの時も今回も組織の序列のまま上に行くという決められた経路が見え隠れする中で、そういう可能性は十分あって、そこの中で、そこしか見ないでいるのが彼らにとっていいのかなというのはやっぱり思ってしまう。

 だから、あの子たちが2018年にああいう選択(11月30日の公式発表での自分たちの将来を考え直したいという文言)をしたのはやっぱりありがたかったなと。自分たちのキャリアを育てて、自分たちの夢を現実的に実現させていこうと一歩一歩活動していくこと。大好きな子たちが7人一緒にアイドルとしてタレントとして成長してくことを応援し続けられるファンの幸せがあること。今、手にしているものだけみても、やっぱりよいものであったなあと改めて思う。もちろん本当の目標はこれから叶えていくのだけれど、きっと彼らは自分たちのやってることのメリットもデメリットもきちんと把握して、そして今できることでもっともよい選択をして、それを実現させていこうとしている。彼らは頼もしいし、本当に強いと感じたこのごろの出来事だった。