ラボを捨て、ビーチに出よう

どこにいたって君がアイドルだ

2月10日はニートの日!

 予感はしていましたが、2月のニートの日を中心として、映画「ニートニートニート」が復活上映することになりました~~。やったーーー!!Love-tuneメンバー誰か来てくれないかなあ~なんてちょっとだけ妄想しちゃいますww

  

  本当に、この映画、ファンの思いももちろんのことですが、制作側のみなさんの思いの熱さや、ファンへの思いやりに満ちていて、毎回、毎回嬉しい気持ちにさせてもらっています。私が行けそうなとこは結構倍率高そうですけど、できれば来週はニートしたいですね~~。

 さて、今日は映画「ニートニートニート」の感想の2回目。今回は、お話の進め方について感じたことをちょこっと書いてみようと思います。まず、感じたのは、とても素直でストレートなお話の進め方だなあと。あまり凝ったところはなく、ニートたちの再集結し、月子が合流し、その後は月子の強引な指示に従っての北海道の放浪が続いていきます。その中で、月子の思いを知り、お金もなくなりゴジさんたち北海道の人々に助けられ、そして月子の想いを遂げて、再び彼らの旅が始まる・・という素直に、素直に流れていくのです。複雑な伏線はほとんどなく(たぶん)、回想も、①高校生時代の「人類は時間の概念に慣れていない」のお話と、②物語の核心の一つの「ぎゃくまわし」のお話と、③レンチが逃亡することになったお話と・・くらいで、それもおそらくすべてある登場人物が他の登場人物への説明として出てくるだけ・・のように感じています。あと、本人の独白も、本編の語り手であるタカシ以外はとっても少ない。
 ということは、映画の中で新たにひとりひとりの登場人物が獲得した情報は、その旅の中で他の人との会話や出会いの中で得たもので、それを同じ時間軸で見る側も経験させてもらっているのかなあと感じるんですよね。うまく言えないけれど・・ふつう、私たちが他の人と一緒に過ごす時、その人の情報をすべて知らなくても、そのままなんとなく付き合っていくじゃないですか。あの子が何を思ってそうしているのか、その人がどんな背景を持ってそこにいるのか・・本人に聞きただしたり、誰かから情報をもらわずとも、時間と一緒にその人と過ごしていくことができる。そして、わからない隙間があったら「なんとなくそうなんだろう」という想像で埋めていく。だいたい、それで事足りる・・。そして、事態が動いて初めて、その隙間の意味がわかっていく。そういうリアルな時間の流れがこの映画にはあるなあと感じるのでした。だからこその、旅する人(それは生きていくということの表現でもある)をそのまま映し出していく映画である「ロードムービー」なのかなあと。
 隙間がいっぱいあって、そこを埋めるのはもっぱら見る側の頭の中の働きに頼ってる。だから、「きっとこうなんだろう」という自分の想像がするっと入って、自分なりの映画が出来上がって行ってしまうところがあるのかもしれないですよね。その解釈が正しいのか、正しくないのか、つじつまがあっているとかあっているかどうかを見せる映画ではない。自分がどう見たか、自分の思い、自分のリアルが投影されて積みあがっていく映画なのかなと思いました。だから、何度見ても、飽きることなく、すんなりと自分に寄り添ってくれる気持ちになれるのかなあと・・。
 あと、ひとつ思ったのは、こういう時間の素直に流れていく映画って、昔の映画は結構そうだったと思うんですよね。そういう点でもおばさんな自分にはなじみやすい映画でありました。